最高裁判所第二小法廷 昭和35年(オ)294号 判決 1963年11月15日
上告人 国
指定代理人 青木義人 外二名
被上告人 真田万太郎
主文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴審及び上告審における訴訟費用は、被上告人の負担とする。
理由
上告指定代理人浜本一夫、同星智孝、同今井文雄の上告理由について。
原審判決は、準禁治産宣告の取消申立事件は、家事審判法九条一項甲類二の規定により家庭裁判所の専属管轄に属すること明かであるから、通常裁判所に提起された本訴は、民事訴訟法三〇条の精神にのつとり、これを管轄裁判所たる家庭裁判所に移送すべきものなるに拘らず、第一審が、本訴を不適法として却下したのは失当であると判示し、第一審裁判所をして移送手続をとらしめるため第一審判決を破棄して本訴を第一審裁判所に差戻すとしていることは、所論のとおりである。
思うに、民事訴訟法三〇条一項は、単に「裁判所ハ訴訟ノ全部又ハ一部カ其ノ管轄ニ属セスト認ムルトキハ決定ヲ以テ之ヲ管轄裁判所ニ移送ス」とあり、訴訟事件についての移送に関する規定たるにとどまり、原則として、移送された訴訟事件が移送された裁判所においても訴訟手続によつて処理されることを前提としているものといわなくてはならない。それゆえ、非訟事件または審判事件が訴訟事件として裁判所に提起された場合特別の規定のない限り(例えば民事調停法四条家事審判規則一二九条の二等は地方裁判所より家庭裁判所への事件の移送を認めている)みだりに前示民事訴訟法三〇条を適用ないし準用してこれを他の管轄裁判所に移送することは許されないと解するのが相当である。従つて、通常訴訟手続にしたしまない家事審判法九条一項甲類二に規定されている準禁治産宣告取消申立事件について移送の許されないことは明らかである。
しからば、右と異なり、地方裁判所に提起された準禁治産宣告取消の訴訟を管轄家庭裁判所に移送しうることを前提として第一審判決を取り消した原審判決は失当として破棄を免れない。そして、準禁治産宣告取消の申立は、原審判決判示のとおり、家事審判事項として家庭裁判所の専属管轄に属するから、本件訴訟は不適法として却下を免れず、従つて、本件訴を却下するとした第一審判決は当審と理由を異にするが結論を同じくするから、結局被上告人のした控訴は理由がないことになり、これを棄却すべきものである。
よつて、原審判決を破棄し、民事訴訟法四〇八条一号の規定により被上告人のした控訴を棄却し、訴訟費用の負担については同法八九条、九六条の規定を適用し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)
上告代理人浜本一夫、同星智孝、同今井文雄の上告理由
原判決には、民事訴訟法第三〇条の解釈適用を誤つた違法がある。
原判決は「控訴人の請求の要旨とするところは、控訴人は昭和二年一〇月二四日心神耗弱を理由として準禁治産宣告を受けたが、控訴人としては心神耗弱者ではなく、何らこれを受くべきいわれはないから、速かに準禁治産宣告の取消を求める、というにあるところ、準禁治産宣告の取消申立事件は、民法第七条、第十三条により本人単独で取消申立をなし得べく、同事件は家事審判法第九条第一項甲類二の規定により家庭裁判所の専属管轄に属すること明らかであるから、原裁判所としては、民事訴訟法第三〇条の精神に則り、本件に関する限りこれを管轄奈良家庭裁判所に移送すべきものと解するを至当とすべく結局原審がこれを不適法として却下したのは失当たるを免れない。」と判示し、原裁判所をして本件を奈良家庭裁判所に移送せしめるため、原判決を取消し、本件を原裁判所に差戻しておられる。
準禁治産宣告の取消申立事件については、民法第七条、第一三条により本人単独で取消申立をなし得べく、同事件は家事審判法第九条第一項甲類二の規定により家庭裁判所の専属管轄に属することは、原判決の説かれるとおりである。しかし、本来家庭裁判所の専属管轄に属する家事審判法第九条第一項甲類の家事審判事件が訴訟事件として地方裁判所に提起された場合において、民事訴訟法第三〇条の精神に則り、これを管轄家庭裁判所に移送すべきものとする原判決の見解は、民事訴訟法第三〇条を不当に拡張して解釈するものであつて、到底これを認めることはできない。以下その理由を明らかにする。
(一) 元来家庭裁判所の専属管轄に属する家事審判法第九条第一項甲類の事件が地方裁判所に提起された場合には、地方裁判所には管轄権がないから本案の裁判をすることができず、従つて特別に移送層を認める規定のないかぎり、このような管轄違の事件は、それが訴の形式をもつて提起されたると、審判事件として申立てられたるとを問わず、これを不適法として却下すべきことは、理論上当然のことに属する。
調停事件については、民事調停法第四条及び家事審判規則第一二九条の二に特別の規定があつて、地方裁判所(又は簡易裁判所)と家庭裁判所相互間における事件の移送が認められているが、訴訟事件については、民事訴訟法及び家事審判法上地方裁判所(又は簡易裁判所)と家庭裁判所相互間における事件の移送に関し、なんら規定するところがない。これは、調停事件については、当事者間に紛争がある場合における紛争解決の方法としての調停手続は、地方裁判所(又は簡易裁判所)及び家庭裁判所の双方に存するから、移送を認めても手続上少しも支障を来たすことがないに反し、当事者主義を基本原理とする民事訴訟と職権主義を基本原理とする家事審判事件とは、その手続構造を全く異にするから、その間に移送を認める余地が存しないことによるものである。この見地に立てば、民事訴訟法及び家事審判法人、民事訴訟事件につき地方裁判所(又は簡易裁判所)と家庭裁判所相互間における事件の移送に関し、なんらの規定も設けていないのは、むしろ移送を認めない趣旨においてこれを規定しなかつたものと解すべきであつて、従つて、本来家庭裁判所の専属管轄に属する家事審判事件が訴訟事件として地方裁判所に提起された場合において、民事訴訟法第三〇条を根拠としてこれを家庭裁判所に移送すべきであるとする原判決は明らかに法律の解釈適用を誤つたものと言わざるを得ない。(昭和二十九年一二月七日宮崎地方裁判所判決、下級裁判所民事裁判例集五巻一二号一九八八頁は、慰藉料請求事件に併合して地方裁判所に提起された財産分与請求につき、上告人と同様の見解により、右財産分与の請求を家庭裁判所に移送することは許されないとしており、市川四郎氏も民事訴訟雑誌三号一三二頁において、右判決を評してもとより妥当な判断というべきであるとされている)
(二) もつとも、財産分与の訴が地方裁判所に提起された場合につき、仙台高等裁判所は、「管轄違いの裁判所に提起された訴の移送については、通常の訴訟につき民事訴訟法第三〇条に、家事審判事件につき家事審判規則第四条にそれぞれ規定があるが、本件のように家事審判事件が訴訟事件として地方裁判所に提起された場合については、民事訴訟法及び家事審判法上なんら規定するところがないから、本件を移送することができないように一応考えられる。しかし、(1) 調停事件については、民事調停法第四条、家事審判規則第一二九条の二は、地万裁判所が家庭裁判所に、また家庭裁判所が地方裁判所に、これを移送しなければならないこと、また移送することができることを明定している。右両条が、いずれも当事者の費用の軽減や便益を図り、速かに権利の保護を与えようとする法意を示すものであることが明らかである。(2) ことに地方裁判所が家事審判法第九条乙類にあげる事項について調停の申立を受けた場合には、移送を受けた家庭裁判所は、これを審判事件として処理することもあるのであるから、地方裁判所は、結果において審判事件を家庭裁判所に移送したとえらぶところがない。(3) 財産分与は、その請求の時期に制限があり、また扶養は、これを請求した以後の分についてのみ理由あるものである。もしこれらの権利者が誤つて地方裁判所に提訴した場合に、これを無効とするときは、権利者に過失があつたとはいえ、ときに全然救済の途をたたれ、またはいちじるしい不利益を被ることになつて、権利の保護を全からしめようとする法意に反する結果を招くことになる。以上の諸点を考え、審判事件が訴として地方裁判所に提起されたときは、地方裁判所は民事訴訟法第三〇条、民事調停法第四条の規定を類推しこれを管轄家庭裁判所に移送しなければならないものと解するを妥当とする。」として、地方裁判所から家庭裁判所に対する移送を認める見解をとつておられる。(昭和三一年一二月二五日仙台高等裁判所判決、下級裁判所民事裁判例集七巻一二号三八〇三頁)
右判決の説かれる理由自体甚だ疑問のあるところではあるが、その点は暫く措き、仮に右判決の説かれるところに従うとしても、右判決の理論により移送の認められるものは、その請求の時期につき制限のある財産分与の請求のみか、せいぜい調停手続に親しむ家事審判法第九条第一項乙類の事件に限られ、その性質上争訟性がなく従つて調停に親しまない同条同項甲類の事件については、むしろ移送を認むべきではないという結論が導き出されなければならないと考える。家事審判法第九条第一項乙類の事件にはその性質上争訴性があり、その意味において利害の対立する当事者が存在するから、それが原告、被告という当事者が対立する訴の形式により地方裁判所に提起された場合において、仮にそれを家庭裁判所に移送することを認めたとしても、原告を申立人とし、被告を関係人とみなすことにより、審判手続上の支障はある程度避けられるから、この場合においては解釈上まだ移送を認める余地があるかも知れないが、本件のように国を被告として準禁治産宣告取消の訴が地方裁判所に提起された場合においては、本来準禁治産宣告の取消は家事審判法第九条第一項甲類に規定されるいわゆる争訟性のないものであるから、国は利害の対立する当事者としての立場にはなく、従つてその審判事件において国を関係人とみなす余地もないから、地方裁判所より家庭裁判所に事件を移送する際において、或いは仮にそのまま移送したとしても、移送を受けた家庭裁判所において、被告として当事者の立場にある国をいかに処理するかにつき、手続上その処理に窮することとなろう。本件を地方裁判所より家庭裁判所に移送することを認める結果は、右のような不合理を生ずることとなるのであるから、この意味においても原判決が本来民事訴訟事件の移送に関する規定である民事訴訟法第三〇条を不当に拡張して解釈していることは明らかであると信ずる。
(三) 本件において被上告人の準禁治産宣告取消の申立は、地方裁判所の事物管轄に属しないものであるから、これが訴訟事件として提起された以上、右訴を不適法として却下するのは、けだし当然のことであつて、損害賠償の請求に併せて訴訟事件として提起された準禁治産宣告の取消を一の訴全体として不適法として却下した第一審判決は結局において正当であるから、これを取消した原判決は失当であるといわなければならない。
よつて、原判決は民事訴訟法第三〇条の解釈適用につき判決に影響を及ぼすこと明らかな誤謬を犯しているものというほかないから当然破棄されるべきものと考える。